2012年5月8日(火)
連休も終わり、ようやく通常モードになってきた。
仕事を終えて家に帰ってナイターを見る。
よい季節ですな。。。
と思っていたら、中継の合間に
スゴいCMを見てビックラこいたよ。
何とも言えない「怒り」のような気持ちと、
妙な「脱力感」の混じり合うイヤ~な気持ちになる。
連休も終わり、ようやく通常モードになってきた。
仕事を終えて家に帰ってナイターを見る。
よい季節ですな。。。
と思っていたら、中継の合間に
スゴいCMを見てビックラこいたよ。
何とも言えない「怒り」のような気持ちと、
妙な「脱力感」の混じり合うイヤ~な気持ちになる。
『おいしい水』盛田隆二著(光文社文庫)読了。
本棚の中にあったカバーのかかっている本を
ふと手にとってみると、この本だった。
自分で買ったことも忘れている。
そしてなんと読み始めてみると、
未読ではなくて読んでいたことすら忘れていたのだった。
それでもどんな話だったのか思い出せない、
途中まで読んできて、最後まで読み通さなかったのだ
ということに気付いて、今回は最後まで。
作者自身がカルチャースクールのような場で講座をもっており、
そこからの取材をネタにした部分もあったらしい。
会話などにリアリティがあるように思えたのは、
そうした裏付けのようなものがあるのかもしれない。
* * *
『共食い』田中慎哉著(集英社)読了。
事務所で時々本の貸し借りをする人がいて、
こんなのを買って読んでみたけれど、読む?
と聞かれたので借りてみた。
中編が二編という構成で、
芥川賞を受賞した『共食い』が最初の一遍。
賛否両論というか、評価がかなり分かれているようだが、
わりと面白かったという印象。
この本しか読んでいないのだが、
内容含めた作風にかなりクセがあるように感じた。
そういう意味で読みやすい小説ではない。
* * *
連休入り前日より、法事のため父と新潟へ。
せっかくの連休なので、一日足して月岡温泉へ。
昨年一周忌でもまったく同じ時期に行っているのだが、
その時は風が冷たく、外ではコートが必要だった。
今年は冬が長く、桜の開花も一週間以上遅かった
とタクシーの運転手が言っていたが、
昨年の寒さとは比べ物にならない暖かさだった。
せっかく連休に出かけるのだし、
父とこんなふうに出かける機会もこれからあまりないと思い、
市内からもほど近い月岡温泉というところに一泊したのだった。
ローカル線とシャトルバスで一時間ほどのところ、
内陸にはいっていって、ちょうど山の麓に差し掛かったあたり。
連休明けには田植えが始まるのだろう、
田圃には水が入りはじめている。
その先に見える山の上のほうはまだ真っ白な雪景色。
『写真の秘密』ロジェ・グルニエ著 宮下志朗訳(みすず書房)読了。
だいぶ前の新聞の書評を見て図書館で予約していた本。
内容は、「写真論」でもなく、もちろん技術でもなく、
著者自身の写真やカメラとの関わりに関するエッセイ。
おおよそ自分の生い立ちから時系列で並んだ
長さの一定でないつぶやきのような文章だが、
ところどころに味わいを感じる。
実は最初に読み始めて、途中まで進んだのだが、
あまりこれといった感想もなく、
面白くもなくつまらなくもない、といった感じだった。
中断して他の本に取り掛かって、
それを読み終えてから戻ってきたのだが、
途中から再開すると、なんだか不思議とすんなり
染みこんでくるような感覚になった。
稀にこういうことがあるのだけれど、
これは自分の側の変化なのか、本自体の持つものによるのだろうか。
ということで、短い本でもあるので、
また最初から読みなおして読了する。
感想として何を書いたらいいだろうか、
といろいろ考えたのだが、これがなかなかどうして手強い。
感想を述べることは放棄してしまおう。。。
* * *
続いて、『西の果てまで、シベリア鉄道で - ユーラシア大陸横断旅行記』
大崎善生著(中央公論新社)読了。
これが前述の途中下車していた方の本。
新刊書なので、こちらもネタバレ内容、感想は省略。
今のところたった二件ながらAmazonの評価は厳しいなあ。
大崎氏のファンでなく、「シベリア鉄道」に惹かれて
この本を読んだ人はこんな感想になるのだろうけれど…。
これではあまりなので、多少弁護(?)しておくと、
大崎善生ファンであれば、それなりには楽しめるはず。
こんなお酒好きだったのか、とか、
おやじギャグまで連発するオジサンだったのね、という発見もある。
実際の旅行からこの本が出来るまでの時間を考えると
確かにもうちょっと中身が濃くてもよかったのではないかな、
とは思えるのだけれど。
それにしても、ロシア、シベリア鉄道って、
存在としては魅力的なのだが、
行ってみたい国、乗ってみたい乗り物ではないなあと思える。
そして対照的にワルシャワ、ベルリンなどの街、
さらにそこから西のヨーロッパは魅力的に感じる。
* * *
今放送中のキリンのラガービールのCMのコピーがこんな内容だ。
「一杯目は仕事の話。二杯目からは・・・男同士の話になっていた。」
テレビで見たときには、そのまま聞き流していたのだが、
電車の中吊り広告でも見かけて、
ふと、『男同士の話』ってなんだろう、と考えた。
なんの関係もない他人の意見が聞いてみたくなって、
とあるサイトに質問(アンケート)を出したところ、
6人の方から回答があった。
あまり詳しく紹介してしまうとアレなんだけど、
みなさん真面目に答えてくれているところで、
大部分の回答は「エッチ」な話しでしょう、ってことだった。
もちろん自分もその方向で納得しているのだが・・・。
願わくば、CM第二弾があるなら、
キリンビールさんにはそういう路線でお願いしたいものである。
* * *
年度末も過ぎてちょっとだけ仕事に余裕(時間と気持ち)が出来たので、
この機会にと思い、勉強を兼ねてLinuxのテストサーバーを作り始めている。
以前にも(5~6年くらい前か)namazuという全文検索システムを
動かしてみたくて取り組んだことがあったのだが、
なんとか稼働させたところで終わってしまっていた。
今回は、今年中くらいにイントラネットのホームページを
全面的にリニューアルするつもりなので、
それに合わせて独立したサーバーを立ててもいいかなと思い、
ついでにグループウェアの導入もできないかと思っているところ。
勉強を兼ねて進めているので、
失敗するたびに、また一からLinuxOSのインストールからやり直し、
5回目くらいでようやくグループウェアのテストが出来るようになった。
しかし、実際に使えるようになったところで気づいたのだが、
今までグループウェアというものを一切使ったことがないので、
そのシステムがどれほどのレベルなのか、
ということがイマイチ自分で評価できないのだよな。
まあそれはさておいて、
せっかくならセキュリティやファイアウォールの設定なども含め
一部外部からのアクセスを可能にしてはどうか、とか、
サーバーとして可能な、Webサーバー、ファイルサーバー、
DNSサーバー、メールサーバー等までのひと通りを
どこまでを実際に使うかどうかは別として
勉強を兼ねてあれこれと試してみようかと思う。
『幻の朱い実(上巻)』石井桃子著(岩波書店)読了。
以前のエントリーでもちょっと触れていたけれど、
児童文学のジャンルで有名な石井桃子の自伝的作品。
著者本人と親しい友人であった編集者小里文子との交流が
中心となる物語である。
戦前という時代にあって、
大学を出て就職する、というだけでも、
恵まれた家庭に育っていると言えるだろう。
しかもこの時期にあって、経済的な苦労の話しはあまりない。
だから何、というわけではなく、
そうした環境にある分、
身の回りの人間のこと、仕事のこと、
ささやかな日常のことなどについて、
会話、文通する内容が面白く読めるように思えた。
小里文子(小説の中では蕗子)は結核を患っている。
当時の結核は、有効な薬・治療法が無く、
栄養をつけ安静にすることしかできない。
酷くなれば、療養所で隔離に近い生活を送るようになる病気だ。
石井桃子(小説の中では明子)は、
ふとした偶然で出会った大学の先輩である蕗子と、
心打ち解け親しくなり、蕗子を様々な面から支えるようになる。
明子自身も、友人として精神的に蕗子に支えられている部分がある。
女性同士のとりとめもない話しなども多いのだけれど、
それもまた楽しく読んで半分が終わった。
少し間を置いて下巻に取り掛かりたい。
感想などはまたその時に書こうと思う。
* * *
『海路』藤岡陽子著(光文社)読了。
「死様」というテーマでの6人の作家による競作作品の一つ。
以前、白石一文さんの『翼』について書いたが、
この競作の作品のうち、これに続いて読んだのは二冊目。
ボリュームから言えば長編というより中編くらい。
ストーリーとしての面白さを感じながら
一気に読める長さといえるかもしれない。
ただ、収まるべきところに収まって終わるところが
ちょっと物足りない感じもする。
いや、それともこの物足りなさは、
主人公が宙ぶらりんの状態のまま終わってしまうからだろうか。
すっかり忘れていたのだが、佐藤正午さんの『ダンスホール』は
買ったままで読まずに置いてあった。
ハズレは無さそうなので、こうなったら、
全作6作品とも読んでみようかな、と思ったり。
* * *
桜が咲き、気温も上がって、
ようやく春がきた、という感じがした。
今年は久しぶりに写真を撮るつもりで、
仕事の行き帰りにあちこちに寄ったりした。
昨年秋の大阪・和歌山の写真もそろそろネタが尽きてきたので、
撮れていれば載せてみたい。
昨年秋頃にマーラーのCD全集を買っていた。
買った当初に何曲か聴いて、
しばらく休憩(?)していたのだが、
このところ、また交響曲を順番に聴いていっている。
この人、今の時代に生きていたら、
超売れっ子な映画音楽作曲者になったのではないか、
などと不謹慎なことも考えながら・・・。
(もちろんそうならなくてよかったという意味です)
どれもとても良くて、
聴いているうちに、やはりいつかナマで全曲制覇するぞ、
という気になってきた。
ハマるのがちょっと遅かったので、
生誕150年という年であった2010年には出遅れたし、
クラシックの演奏会に行く頻度から考えると、
これからスタートして、一年に2曲ずつくらいで
5年計画くらいならどうだろうか、と思っているところ。
とりあえずは3番、5番、7番あたりが聴きたい。
* * *
『幻の朱い実』石井桃子(岩波書店)上巻を読んでいる。
かなりの長編であるので、
読み始めた段階ではこれは読みきるのはムリかも、
と思ったのだが、進むほどに面白くなってくる。
児童文学の世界では第一人者ということになるようだが、
この方面には全く疎いので、
童話としての作品も手掛けた翻訳も何も読んだことがなく、
これが始めて手にする著作ということになる。
そして実はこれも、先だってからずっと続いている、
『小説を、映画を、鉄道が走る』から見つけた小説である。
エッセイそのものより、
こうして面白い本をいくつも紹介してくれたことに、
本当に感謝したい思い。
* * *
予備知識がまったくないままに読み始めたのだが、
わずかに川本氏のエッセイから得ていたのは、
これが著者の“自伝的”作品であることと、
作品の中で主人公が友人と共に、
両国から房総半島へ旅行に行くことくらいで、
それでも引用された僅かな文章に惹かれるところがあった。
本作が刊行されたのは1994年で、
著者石井桃子は1907年(明治40年)の生まれであるから、
実に87歳の時、ということになる。
20代の妙齢(?)の頃、と言ってよいと思うのだが、
親しく付き合った一人の女性との交流、
結婚へと進む相手の男性との付き合いのことなど、
湧き出るような瑞々しい描写に接して、
いったいこの小説は、何歳の時からどれだけかけて書かれたのだろうか、
と内容とは関係ないところにまで気になってしまった。
もしも八十代になってこのような小説が書けるとしたら、
(もちろん個人差があることは承知の上でも)
人生観というか、歳を取るということの認識が
一変してしまいそうな驚きがある。
日米の開戦はまだだが、すでに日中戦争には突入している。
激動の時代にあって、この先どんな展開になるのか、
それともそんな時代の中でも、
思いを寄せる同性の友人とのことが中心で進んでいくのか…。
すぐにも下巻に取り掛かりたいところなのだが、
だいぶ前から図書館に予約を入れていた本が、
次々と取置き状態になってきそうなのだ。
う~ん、悩ましい。
まだまだ冷たい風が吹くことも多いながら、
ようやく春らしい日差しの暖かさも感じられるようになってきた。
桜の開花予想も、東京では3月31日と言っている。
満開が一週間後の4月7日とのこと。
梅がほぼ1カ月遅れだったことを考えると、
桜はそれほどは遅れない模様。
それでもまだ枝につく硬そうな蕾を見ると、
この予想を聞いても半信半疑なのだけれど。
* * *
事務所近くの、とあるホテル脇に、
自分で勝手に「沈丁花の小径」と名付けた場所がある。
そろそろ見頃ではないかと今朝の通勤時に
少し廻り道をして行ってみると、
ちょうど咲きそろっているところだった。
この花も平年から較べれば一カ月(それ以上?)遅れか。
* * *
漢詩の勉強がしたい、と思い始めたのは
一昨年くらいのことだった。
特にコレというきっかけがあったわけではないが、
何かコツコツと楽しみながら勉強したいもの・・・、
と考えていたところに、ふと思いついたのが
漢詩のことだった、というわけ。
今では高校のカリキュラムでも必修ではないらしいが、
自分の高校時代には、週一時間「漢文」の授業があった。
確か週一度、しかも一年間だけだったと思うので、
何やら珍紛漢紛なうちに終わってしまったのだが、
今になって、高校の色々な教科の先生を思い出すと、
かなり印象深く記憶に残っているのが漢文担当の先生のことだ。
名前は、確か奥野先生だったような気がする。
背格好がずんぐりとしていて、
結構な年配だったけれど、表情が豊かで、
優しいところと厳しいところのバランスが
なかなか絶妙な先生だった。
このとき始めて触れた漢文の中国語読みも、
今思うに、実に滑らかで見事だったと思い出される。
今はほとんどどこの大学でもやっている公開講座のようなもので、
週イチ半年くらいの講座がないかな、と探したりしたのだが、
なかなか見つからない。
本もいくつか手にとってみたりしたのだが、
どうも手探り状態なので、コレという決めてがないまま、
またたくまに年月は過ぎていく。
まさに「歳月人を待たず」である。
盛年不重來
一日難再晨
及時當勉勵
歳月不待人
※「勉勵(励)」とあるが、全文から解釈すると、
必ずしも「勉強せいや」ということではなく、
「楽しまなきゃいけんよ」くらいの意味であるらしい。
『セント・メリーのリボン』稲見 一良著(新潮文庫)読了。
(現在は光文社文庫で刊行されている)
これもまた、『小説を、映画を、鉄道が走る』からの繋がり。
この作家の名前もここで初めて知った。
川本氏のエッセイに取り上げられていたのは、
この中の『花見川の要塞』という一編。
* * *
花見川という川は、それほど有名ではないから、
知らない人も多いだろう。
千葉市を流れる河川で、印旛沼の水かさが増したときには、
東京湾への排水の役割も持つ川だ。
実家が習志野にあったので、
何年か前のこと、八千代台の駅を超えて散歩していったときに、
偶然この花見川の近くまで行ったことがあった。
両側が鬱蒼とした森になっていて、
渓谷のような谷に流れる花見川を見て、
こんな場所がまだ残っていたのかとビックリした。
* * *
『花見川の要塞』は、恐らくそのあたりの地域を舞台に
描かれたものだろうと思う。
実はこの花見川とは別にもうひとつ重要な役割を担うのが、
第二次大戦の最中に使われていた軍用鉄道である。
国内においても、また占領した国々でも、
物資の輸送に鉄道は欠かすことができないもので、
その役割を主に担ったのが「鉄道連隊」という部隊だった。
調べたところ、歴史は古く、明治29年に
「鉄道大隊」として陸軍の中に発足している。
日露戦争が明治37年に始まっているので、
それを8年も遡ることになる。
この鉄道大隊の本拠地が現在の千葉市、習志野市で
このあたりに、物資の輸送と演習を兼ねた、
「鉄道演習線」というのが敷設されていたのだった。
* * *
地理的なこともあって、このあたりのことを調べていくと
際限なく興味が広がっていってしまう。
実家のあった家からほんの数百メートルのところも、
この鉄道演習戦が通っていたということが判り、
思わぬところで身近な場所と繋がったことで
本を読みながらも、頭の中にかなりリアルな光景が浮かぶことになった。
* * *
『花見川の要塞』はカメラマンである主人公が、
たまたま取材のために訪れた花見川の付近で、
タイムスリップのように、戦時中のトーチカのようなものに出会い、
そこで不思議な経験をする、というストーリーである。
かなり荒唐無稽な展開であることを感じながらも、
自分自身がふとした散歩の中に迷い込んだ場所を思いだすと、
こんなことがあってもおかしくないと思えてくる。
まだいくつか当時の遺構が残されているらしいので、
いつかそうしたものを探しながらまた歩いてみたくなるのだった。
* * *
この短篇集の後半は、この本のタイトルにもなっている
『セント・メリーのリボン』という中編。
いろいろな要素が程よく詰まって
その展開は憎いほど、と言えるかもしれない。
心の暖まるエンディングもとてもいい。
作家活動に入ったのは遅く、
作品も数えるほどしかないようなのだが、
もう少し読んでみたくなる作家に出会った。
仕事中でも自宅でも、パソコンを使っているときに
ふと、“あっ、アレを調べておこう!”とか“調べておかなくては!”
ということが頭を過る(よぎる)ことがある。
それなのに、検索サイトを開いて、キーワードを入れようと思うと、
その『アレ』は、スルリと記憶の網をすり抜けてこぼれ落ち、
消えて無くなってしまう。
このスルリとした感覚は何ともやるせないものだ。
アレッ、何だったけ、ドコへ行っちゃんたんだ、と思っても、
もうそれは存在しない。
話しをしようと思っていたのに忘れてしまうこと、
メールやブログに書こうと思っていたのに忘れてしまうこと、
そしてこんなふうに、
フトした興味や引っ掛かりを調べようと思ったのに忘れてしまうこと、
そうしたことが多い。
そんなふうに忘れてしまうくらいだから、
きっと大したことではないはず、と自分を納得させるけれど、
やっぱりそれは「負け惜しみ」みたいなもので
その一瞬の幻のようなものを掴み損ねてしまった悔しさだけは、
消え去ってしまった幻よりもあとをひく。
* * *
『小さな町』小山清著(みすず書房)読了。
先日読んだ、『小説を、映画を、鉄道が走る』で知った
昭和初期頃の作家である。
父親が盲目の義太夫語り、吉原の郭内の貸座敷を生家として生まれ、
戦前は浅草下谷区で新聞配達をして暮らす。
3月10日の空襲で店が焼け職を失う。
太宰治に師事し、戦争中太宰が甲府に疎開した時期は、
三鷹の留守宅に暮らしたらしい。
その後、終戦を経て、夕張の炭鉱で働く。
太宰の死後はそのつながりで井伏鱒二にも師事。
昭和40年に53歳で亡くなっている。
亡くなる前は数年間失語症であったらしい。
* * *
師事した作家を見れば、私小説作家であったのはわかるが、
この本に収められたものもすべて、
下谷で新聞配達をしていた頃のことか、
夕張の炭鉱に働きに行っていたときのことを描いたものだ。
* * *
どれをとっても、訥々と淡々とした描写で、
いっさい過剰なところがない。
同じ速度で一歩一歩歩いて行くように
話しを進めていくところは、
物足りない感じを受けそうになるが、
それが逆に不思議な味わいとなっている。
貧しい人達の暮らしを描いたこともあるけれど、
出てくる人たち同士の繋がり、
それぞれを思い遣る心の通い合いのようなところが、
いかにも昭和の頃、当時の人々の暮らしであったのだろうと思われ
しみじみといい。
2月もあとわずかという時期なのだが、
まだまだ真冬の寒さが続いている。
今夜もこれから雪になると言うし、
この冬は本当に寒くて、
すっかり出不精になってしまった。
* * *
先週末、仕事関係のセミナーで外出。
行った先が築地で、そのまま直帰。
その後、クラリネットのレッスンが東京駅近くなので、
散歩がてら、銀座・日本橋を経由して東京駅まで歩いた。
銀座通りに面したところは特に大きな現場はないが、
東銀座、宝町、日本橋あたりは、
まだまだ大きなビルを建てているところが目に付く。
宝町の交差点のところ、そして明治屋の隣など、
どんだけ大きなビルだろうかと思うよう。
しかし、少し風が強い日だったこともあって、
あちこちビル解体のホコリっぽい空気で息苦しい。
* * *
セミナーのような不特定多数の人が集まる場所に行くと、
マスクをしている人の多さに改めて驚く。
電車に乗っているときなども同じだ。
自分には異様な光景に思えるのだが、
普通にはそう感じる人は少ないのだろうか。
もちろん風邪をひいている人、花粉症の人などは
していて不思議でないし、するべきだと思うけれど、
自分の感じとして、そういう人がマスクをしているのだろう、
と考えてしまうので、逆にこんなに大勢の人が、
風邪をひいているか花粉症なのか、と思ってしまう。
それでかえって異様な光景に思えるのかもしれない。
* * *
『小説を、映画を、鉄道が走る』川本三郎著(集英社)読了。
このところ本を読むスピードが遅く、
2月始めに借りたこの本を読むのに、
ほぼ一カ月掛かってしまった。
様々な小説や映画(あるいは漫画)などの
舞台となり、シーンに登場した鉄道を、
その内容と共に紹介し、
また著者がその路線を旅した様子などが書かれている。
昭和の戦後から高度成長期あたりまでのものが多いので、
すでに廃線になってしまった路線も多い。
高度成長期から一気にクルマ社会に向かっていく日本でも、
それ以前は短い路線の鉄道が本当に多かったことが
あらためてよくわかる。
地方の鉄道というのは、なんとも言えない郷愁を誘う。
遠くへ行けば行くほどその感覚は強まる。
この本で知った路線・駅なども、
訪ねてみたい場所がたくさんあった。
そうした路線は今後はいつ廃線になってもおかしくない所で、
行ってみたい場所ばかりになってしまう。
* * *
雑誌に連載していたエッセイで、
小説や映画について書かれている部分と、
著者がそこを旅してきた旅行記の部分がミックスされて
一編になっている。
そのバランスがほぼ半々くらいのウェイトなのだが、
自分の感想としては、著者旅行記の部分がもう少し膨らんでも
良かったのではないか、と思えた。
とは言え、この本で知った路線や駅が多かったのと同時に、
小説や映画についても、読んでみたい観てみたいと
思える作品にいくつも出会えたのは嬉しい。
列車に乗る、というのが目的の、旅に出たくなる。
ポツポツと思いついたときに思いついたことを書き留め、
気づいたときにアップする、というサイクルになってきているので、
タイミング的に、今頃なんだかな、という記事も混じります。
それもこれも覚書みたいなものと思えば、
自分では気にならないけれど、
読んでくれる人には違和感があるのかな、
と思ったりしますが、悪しからず。
* * *
少しだけ寒さが緩んだと思ったのもつかの間、
先日は家を出ると、パチパチと音をたてて霰(あられ)が降っていた。
早起きをしたので、久しぶりに9時出勤の時間で職場へ。
いつもより30分ほど早いだけなのだが、
電車の混雑はいつも乗る時間帯より3~40%増しくらいか。
そういえば同じ寒い時期に降るけれど、
なぜ雪でなくて、霰? というギモンが湧いて調べてみた。
氷の粒の場合、「雹」か「霰」というが、
でき方は若干異なるものの、大きさで区別し、
5ミリ以上は「雹」、それ以下は「霰」。
(ちなみに同じ氷としても結晶のまま地表に落下するものが「雪」)
さらに「霰」には「雪霰」と「氷霰」がある。
白い(あるいは半透明な)ものを「雪霰」、
透明なものを「氷霰」という。
積乱雲の中で過冷却現象が発生し、
(このあたり理解が曖昧ですが)
落下してきては上昇気流に吹き上げられ、
融けて凍ってを繰り返し透明になったものが「氷霰」、
透明になる前に半透明で落ちてくると「雪霰」ということらしい。
気象現象のお勉強でした。
* * *
クラリネットを始めてしばらくした頃に、
いろいろ使えるだろうと思い楽譜ソフトを買っていた。
ヤマハにフィナーレというソフトがあったけれど、
これは値段的にも手が出ないし、機能も必要以上に充実しているので、
選択したのが河合楽器のスコアメーカーというソフト。
最初のうちはけっこう使ったのだが、
途中でPro版が出てバージョンアップして、
この頃からパソコンに求めるスペックに追いつけないのと、
バージョンアップの価格が高くて、
ここ4~5年放置状態になっていた。
使いたい用途もあるしいろいろ検討の結果、
安価なソフトに新規乗り換えすることにして、
MusicScore3というソフトを選択。
スキャンした楽譜を認識する機能、
音源で自動演奏する機能等もあるので、
一応必要なことは出来るのではないだろうか。
何よりウチのパソコンでも起動がサクサクなので、
それが一番のメリットかも。
* * *
アダルト系ワンクリック詐欺の被害者が110万人!
引っ掛かって実際に振り込んだ人が1万人!
その被害金額が合計6億円!
というニュースはいやはやビックリでありました。
不正請求とか、ずいぶん古い手口なんだけど、
オレオレ詐欺と一緒でいまだに引っ掛かっちゃうひとが
こんなにいるんだな、というのに驚いた。
え~とちなみに6億円を一万人で割ると…、
ひとり6万円振り込んだということになります。
通常DMの反応ってたしか2%いけば上々ってことだったから、
これはほぼ1%くらいなので、
ある意味DM並みの成果を上げた商売(?)ってことでしょうか。
しかしなあ・・・、
こんな簡単なことで6万円もの金額を振り込んでくれる人が
こんなに沢山いるのなら、
法にひっかからない範囲と方法で、
本当に役立つ、みんながいいじゃん、って思うものを作って、
バラまいたら合法的に商売が出来るんじゃないか、
と思ったりしてしまうのである。
* * *
昨日夕方ネットのニュースで知った
ホットニー・ヒューストン死亡のニュースには驚いた。
特別大ファンというわけではなかったけれど、
歌がうまい、というにはあまりにレベルを超えていて、
「声」という楽器を縦横無尽に使いこなせる歌手として、
数多いる歌い手の中でも突出した存在だと思っていた。
特別シャウトする唱法ではなかったから、
きっといずれは素晴らしいジャズなども歌えただろう。
まだまだこれから成熟する才能だったと思うので、本当に惜しい。